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子供の気持ち

四年前の自分が書いた記事「狭山事件について」が意外とヘビーだった。支援とかチャリティとか、結構ディープなところ。

2017.2.9.

4年前の自分がfbに書いてた記事が、思っていたよりヘビーだった。
LA生活の中で、あえて考える、狭山事件。
日本の刑務所や犯罪者について。

この頃はアメリカで留守番するってことにまだそんなに慣れていなかったし、
夜暗くなると今より断然怖いと感じたものだった。
だからってカリフォルニアの太陽がさんさんしている昼間のうちにと、なにも日本の犯罪についてわざわざ考えなくてもよかろう。



犯罪者支援団体がどれくらいの額を犯罪者に支援してるかなど具体的にメモしていて、ちょっとためになる。

いまの自分は、子供の施設のためにチャリティを始めようとしている立場です。
「頑張っていつまでにこの額をみんなで作れたら目標達成!」とか、
珍しく現実的なプランを作って頑張ろうとしています。

めっちゃ難しいです…orz
1人じゃ絶対に心折れます。
1人では絶対にできないことです。
少人数では決してできないことです。
やってる人、すごいなーって改めて思います。
支援とか団体とか、すごいなーって思うんですよ。


だからね、ついつい考えてしまう。

犯罪者支援もきっとすごいことで、
まず人に犯罪者犯罪者と言われるダメージも、
当事者や、本当に冤罪なら尚更大変なことで。
それを手伝おうとしている人たちも、きっとみんないい人なんですよ。

でも刑務所で服役している犯罪者さんにお金をあげることが、
このケースでは読む限り、本人にも社会にもプラスになっているようには見えなかったので。

こういう犯罪者支援団体とやらが、
少しでも他の福祉の施設を支援してくれたら、すごく助かるのになぁ…。
ヴィランズはハロウィンにヒーローとなって資金が集まるとか、そういうこと…?

未来の希望となる子供の施設にも、その血のにじむ思いで人が集めるであろう寄付が、集まればなぁ…。

お金のない子供たちを支援することだって、
広くいえば、
犯罪や非行の道に巻き込まれていく人間にならないよう育成する
→犯罪発生を事前に回避ということにもなります。
本当に犯罪に心を痛めていて、犯罪者をふくめた被害者や当事者を支援したいなら…。 

世の中の犯罪ほとんど、お金がないから起きてるんですよ。
お金がなくて寂しい思いをする中で育つことも、原因になります。
本当に世界から犯罪を減らしたかったら、お金なくて困っている人に少しでもヘルプってことですよね。。

私も人のことを気にしていられる余裕のある立場では決してないのですが、
去年はイヤな人、攻撃的な人、一周まわって「かわいそうな人」として許すしかないような人を目にする機会があり、
そういう人が世の中に増えてほしくないなぁ…
とにかく平和が欲しい…
と思っていたところに、チャリティの話が飛び込んで来たので、
回り回って自分が受けたようなダメージを人が受けなくて済む世の中になれば、自分も生きるの少しはマシになるのでは…
なんて思いました。


あとはなんかもう書くのもアレなので、ミスチルのタガタメの歌詞でも聴いて考えてください…。
というのが現在です。

昔の自分みたいに、犯罪支援が良くないみたいな尖った意見は、ちょっとそれも攻撃的だなと思うようになった。


最近は、もはやというか、ようやくというか、
こういう事件や特定の団体に対する記事を書くリスクを考えるようになって。
このテの話題に手が出せない、ビビリでつまらない大人になってしまいました。
どうした私の内部の反骨精神。
というわけで書いているわけですが。
こんな話、モメるじゃないですか。
それぞれ主義主張があるから。

こんなこと書いちゃって、
周りや友達の友達に、関係者がいないとなぜ言える?
世界は狭いのだ。
無鉄砲とは、このことだ。
アメリカの留守番よりも、ずっと恐ろしい。

四年前の自分にしか書けなかったなぁ、
当時は今よりもっとイケイケドンドンだったんだなぁ、
という意味で、記録用にブログに転載しておきます。

まず書き出し、堂々と「wikiを読んだ」から恥ずかしげもなく語りはじめることができるあたり、
若さってすごいな、ともはや感動。

若さあふれる文章には、勢いがある。
最近、昔の自分が書いたものと今の自分が書いたものが違いすぎて、
やっぱり記録って必要だなぁと思う。


本を買うときも、誰かを応援することになるから、本やCD買うのって楽しいんだよなぁ。
とか、変わらない部分を見出すこともできました。

書籍の購買が、団体や著者の支援になると意識することは、とても大事。


ではでは、少し尖った昔の自分の書いた意見、そのまま直さず記録しておきます。




以下、過去の自分が書いたもの(記録用)
2013.2.9.

「狭山事件」のWikiを読んだ。
となりのトトロのモデルだという都市伝説を受けて興味本位で読んだら、思ったよりもひどい事件。

もう半世紀近く前の事件で、犯人は既に出所している。
犯人は被差別部落の出身で、冤罪を主張。
共犯がいる説があるが、明かされず。

この犯人、獄中では支援団体からカンパをもらっていて、それが300万とか。
仮出所した翌日には、700万のオーディオ買ったんだって。
つまり、刑に服すどころか、普通の人よりもずっとお金を儲けてたんだよ。
同部屋の人間に、俺の秘書になれとか言って、金持ち気分をエンジョイしていた様子。
刑務所も、この犯人を支援する支援団体に気を使って、日当たりのいい部屋にあてがったり、禁止事項をオッケーにしたり。

高校生になったばかりの女の子をひどい目にあわせて殺して山に埋めて、それでお金を儲けてる。
俺は事件当時まだ25だったから、早くても40になる頃には刑務所を出られる、という算段。
文盲を騙るなど、計算高い感じ。
刑務所内での愛読書は、殺人の本。

こういう理不尽に腹を立てても、仕方がないのはわかってます。
正論のとおりには世の中いかないし、悪い人は悪い。おかしなものはおかしい。
特にわたしみたいな何の権力もない人間が憤りを感じたところで、曲がったものを直す力は、ないかもしれません。

しかし関係者や被害者家族がどんどん亡くなったり、おかしなところの多い事件です。
どこかで笑っている悪人がいるのは確かなようです。
悪い人間が得をするシステム。正義のつもりで加担する可能性があるわけです。

狭山事件に関する映画や本、本人のインタビューもありますが、
多くは人権団体が作成し、「冤罪だった」という観点へコントロールするためのもの。
ネットだって気をつけないといけないしWikiなんか特にそうだけど、「本で読んだ方がいいのかな」と思うことも多々あるけれど、そうとも限らないなと思わされました。
興味を持って本を読んでも、真実を知るどころか、取りこまれてしまう可能性が。
図書館ならまだしも、本や映画にお金を払えば、それが支援団体にいくわけで。

自分が支援したくないものに、お金は回したくない。
いつのまにか加担したくない。

善か悪か、という考えをしてヒーローを求めるのは、日本とアメリカの短所だとよく聞きますが、
重大な犯罪に手を染めていながら、ニヤニヤしながらあっかんべーしている人間は、間違いなく悪だと思います。
部落の問題や、冤罪だったら…、色々と譲っても、そんなにたくさんのお金を得たことのが本当なら、どうしても納得いかない。

そして今も刑務所では、重大な事件の犯人たちが出所していくこと、
塀の中にいながら多額の支援金をもらっている人がいることを考えると。
刑務所に入ったほうが得、みたいな感じにどんどんなっていくようで、恐ろしいです。刑務所で介護してほしくて人刺すとか。
若者は人を殺すとかよく聞くようになったので、じゃあ昔ってどうだったの?と気になっています。でも今わたしたちが過去をさぐって目にするのは、主に大犯罪なんだよね。
昭和の事件とか、有名なのは読んだことあるけど。アメリカとかどうなんだろう?
アメリカの事件は輪をかけてエグそうで、あまり読む気がしない。

今日と昨日は、緊急車両がファンファン行き来しています。
LAで元同僚を撃った警官は、まだ逃走中みたい。
今日は珍しく戸締まり確認してくれたけど、気をつけてと改めて言われてひとりにされると、むしろちょっと怖いなぁ。






以上、2013.2.9.に自分が書いた記事ここまで(記録用)

算数がイヤで不登校になる子供の、心理。

ラスベガスは目が乾く。

人って、
目が乾いていると、目が開けられない
=睡眠状態から起きられない
という状況に陥るんですよ。

だからラスベガスで目を酷使すると、
深刻なドライアイになるので、
PCの仕事してる方は、医者で目薬もらったりするらしいです。



で、わたしは目薬持ってないです。
毎日起きるときに、
目が乾いてて目が開けられないなぁぁぁ
と思うんですよ。


で、脳が無理やり
泣ける夢を見て、
号泣レベルでだくだく泣きながら起きたりすることもあります。
目の乾きがなくなって、気持ちよく起きれます。ある意味。




今日見た夢は、強烈で。

昨日iPhone工場で長時間労働させられて自殺している中国人のことを考えた影響か。

バス会社に入って、朝から晩まで働く夢。

入ったばかりなのに誰も教えてくれる人がいないので、
自発的に汚いおしぼりを変えたり、
長距離走ったり、
泥だらけになったり。

必死にできる限りの最高の接客
(って自分の中では全盛期の東京ディズニーランドレベルの接客)
で、笑顔と最高の言葉を人にかけていくを
いやぁ、接客って久しぶりにやったけど(夢だけど)疲れるね。。

広大なバス会社で接客から汚れる仕事からローテーションして、
あちこち座ったり膝をついたので、夜8時には、
淡いジーンズが汚れていた。
自前の洋服やクツが、仕事で汚れていくときの悲しみって、ショックって、深いよね。。
アンフェア感を引きずりつつも、ちょっと休憩したいなと思いながら事務所に帰る。


事務所となりのコンビニに、
気の許せる女性の同期や先輩がいたので、ちょっと休憩しようと思ったら。

ずらっと勤務中の人間が並んでいる。
これから激混みするレジをさばくらしい。
一人一人、メモ用紙とペン、小さな計算機を持っている。



そんな修羅場にきてしまったし、
ちょっと体を動かさない仕事をして休みたかったんだけど、
「私も入ったほうがいいですか?」と言って、手伝うことに。


でもはじめてのコンビニ。
システムがわからないのに、みんなが慣れてルーチンしてるところに入ってしまったわたしは、邪魔。


ふと担当したものが、喫茶メニュー。
味噌汁や漬物や…
メニューを探すも、見つからない。
やっと見つけても、どの種類なのか、値段がわからない。

パニクっていても、誰も手伝ってはくれない。
密着して立っているのがきついほど人に挟まれているのに、それは助けてくれるわけではないので単なるプレッシャー。
お客さんも一言も発しないので、恐らく怒っている。


やっと値段を見つけて、紙で計算。

    380
+880

こんな簡単なものが

何度やってもダメ。できない。難しい。



昨日は子供時代のことを思い出したけど。
家にいることができた4才以下のときは、
リビングで家族と自分の世界と、100%安心感に囲まれていたけれど。
おかげで自由で楽しくおふざけが好きな性格だったわけだけれど。

幼稚園に行って、妙に慎重な性格になったし。

小学校低学年では、
算数の百マス計算
という地獄を味わって、人格変わりました。
人前で間違えたところに、ハデな赤ペンでチェックしていく作業が、恥ずかしくて恥ずかしくて。
もうやりたくないの毎日「忘れました」と言い、
毎日黒板に忘れ物をした悪い人みたいに名前をさらされ。
事情も知らない先生に忘れ物をするなという的はずれな説教されたり、ひたすらアンフェアだった。
こっちはわざと忘れて、無言のボイコットしてるんだと。

でも「百マス計算というシステムが悪い」とモノ申せる大胆さもなかったので、
ただただ小さくなって、泣きたい気持ちになっていた。
だって苦手なんだもん、出来ないんだもん。
それが好きな男の子や頭がいい男子の前だったりすると、最悪なわけですよ。
子供にも、繊細な女心や、プライドがあるんですよ。

そこから、幼稚園時代は好きだった数字や計算が嫌いになった。

百マス計算で生まれた算数への苦手意識は、
その後ずっと続き、
暗算も文章問題も、
みんな「できない」という焦りやイライラのせいで
脳が拒否する状況。

百マス計算のせいで、出だしが遅れたし。
忘れ物をする怠け者扱いされるし。
いつもアンフェアだと思っていた。

クラスメイトが他の子に対して
「あいつ百マス計算のページいつも真っ赤なんだぜ」と笑っているのを聞いたこともあって。
人って無言で見ていて、内心そうやってバカにするんだと。
わたしも見られたら、そう言われるんだと。
だから忘れたことにして、白紙にして、その場でやっているふりをしつつ、答えを聞きながらゆっくり埋めていました。

幼稚園のときには、
数字や図形でIQが幼稚園ナンバーワンになって表彰状もらったり周りの大人がザワザワしたり、結構おおごとっぽく扱われた後だったので。
正直この落差には、叩きのめされました。
幼稚園のときは頭がいい子としてほめ、れていたのに、小学校でいきなり落ちた感じがするというのは、相当なダメージで。
褒められるときは身内で密かにだけど、ダメな時は人前でさらされる感じなんだよな。

そのせいで「学校行きたくない」って言って、休むこともありました。
学校休んで、世にも奇妙な物語の再放送で、酔っ払いの男が夜中に電柱に吐瀉物かけてフラフラしてる様とかを、見ていました。
喪黒福造さんが「ドーーーーン!」とかやる、笑うせえるすまんを見たりとかね。
あれ、今後こんなふうに学校休んでたら、こういうダメな大人になっていくのかなぁって。

このあたりから、なんというか、マイノリティーのスイッチが入ったというか。

大人になったらこのやりきれない気持ちを忘れないまま、子供にこんな思いをさせないように正しい教育をしてあげたい…とか思うようになりました。
だからわたしは子供時代の記憶を保つことに、異様に固執しています。

そう、あの百マス計算の悪夢は、忘れてはいけないのだ。







っていう状況が、レジで起きてしまって。

お待たせして申し訳ありませんと泣きそうになりながら、

メモ帳に書いていく暗算は、小学校の授業を思い出す。


下の桁もできず。
千の桁なんて、もう泣いてしまって。
数字を書く手が、震えてしまって。
何度もグチャグチャに線を引いて、混乱して。

百の桁を書くときは、

「あ、自信がない。合ってる自信がないです」
と号泣しながら口に出していました。
それが「助けて」とか「もういやです」が言えない自分の、せめてもの言える言葉だった。

昨日ツイートしたことに、
自分は「大丈夫です(半笑い)」を
「無理なんでもうほんとにやめてもらっていいですか」という意味で使うことがあるけど、
ソフト過ぎて誰にも伝わらないし、状況改善したいならもっと強く言わないとずっとダメージ与えられ続ける、
ということを書いたのですが。それ。




最後は号泣しながら、

お待たせして申し訳ありませんと言い、

でもこんなんじゃ、せっかく買ったゴハンを楽しめないなと思って、

一生懸命明るめの声で、
ありがとうございました!!と頭を下げていました。





もうこれが、たぶん今まで見たどんな残酷な夢より残酷で怖くて、
だくだく涙が止まらなかったです。

人前で計算させられて、
簡単な足し算で、
できないのにずーっとやらされて、
大勢に無言でそれを見られて、内心バカにされ、、

パニックでした。



でも今は、

爆笑問題の太田さんが
簡単な足し算もできないと聞いて、
安心してます。

マルチで伸ばすより、
一点突破のほうが全然効率もよくて使えるし。


未だに小学校の百マス計算バカじゃねーのいいかげんにやめてあげてと思うのですが。
(やりたい人だけゲームとしてやればいい)
せめて色彩に繊細な人には、赤で埋めていくショックに耐えられないから、色はなんでもいいことにしようよとか。



久しぶりにあの気持ちを思い出して、
いやあ、乾燥するラスベガスで、目が潤いました。畜生。(ああああせっかく言葉遣いを強制してきたのに、本気で怒るとこうなってしまう。。)
でも未だに多くの子供たちが百マス計算やらされてる中で、わたしみたいな子供は絶対にいるし、
忘れ物常習犯として名前連ねてた子たちの悲壮感ってあったし。

不登校とか多くなってる感じもするし、
その理由って当時自分じゃわからないけど、
こういうことで。
算数やだから、って一言しか子供は言えないけど、
その奥にはこんな根深い、深刻な心理がある。


算数というもので優劣決められたり、
忘れ物をする怠け者として人間性に口出しされたり、
アンフェア感がすごかったのは覚えてる。
算数できなくても、国語ができればいいじゃない。
そう言ってやれよ。それが大人の仕事。

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