むじかみ!Mizuki Muzika

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2015年10月

幸せホルモン・オキシトシンの件ですが、皆様ありがとうございます。

「ハグが健康につながる」という話、なんだか一時、流行りましたよね。

あれって、だれでもいいわけではなくて、

ちゃんと好き合っている者同士でないと、意味がないんですよ。





手をつなぐ、
痛いところをなでてあげる、
抱きしめる、

そんなふうに、人間の皮膚と何かがふれあうとき、

「オキシトシン」という脳内ホルモンが出ています。
脳の疲れを癒す、幸せホルモンです。
セロトニンみたいなものですね。


好きでもない人にさわられるというのは、逆に不愉快なこと。
だから、自分が心から好きだと思える人でなければ、この幸せホルモンは出ません。


逆に、好き同士なら、
恋人同士だけでなく、
ペット、親子などでも、ふれあえばオキシトシンが出ます。




スキンシップによってオキシトシンが分泌される
→見えない愛情の確認、信頼関係ができる
→安心感や親近感
→ストレスがなくなる
→幸せ!



さらに、NH細胞(ナチュラルキラー細胞)が活性化!
何をナチュラルにキラーする細胞なのかというと、このNH細胞さん、
がん細胞などを攻撃するのです。

つまり、好きなものとスキンシップをとることで、オキシトシンが出る
→自然治癒力が上がる!

だからもし大切な人が病気になったとに、手を握ってあげれば少しは癒せるかもということですね。
まあ、相手にちゃんと好かれてればですけど。





ちなみにオキシトシンは、
出産する妊婦さんには、子宮を収縮するために分泌されるホルモン。
出産後に、母乳を分泌させるホルモンでもあります。


愛ですねぇ。

脳ですねぇ。




ちなみにオキシトシンは、
セロトニンと同じ、幸せホルモン。

セロトニンがないと不眠になるとか、言いますよね。
アレととっても関係が深いのです。

オキシトシンがたくさん出ると、
セロトニンもたくさん出る。

セロトニンは自律神経も整える→痛みを和らげる。
体が弱っているとき、睡眠が必要なときにこそ、やはり幸せが必要なのですね~。





ちなみにスキンシップをとる相手がいないお一人様でも、
幸せホルモン・オキシトシンを分泌させる方法があります。




それは、なんと、


仲間と飲んだり食べたり、話をすること!!!




だから友達とゴハンって、こんなに幸せな気分になるのですね。
帰り道や他の日まで「楽しかった~」と思えたなら、その人たちのことが心から好きってことなんだなぁ。
その人たちに癒され、健康まで作ってもらっているということだったのですね。
つくづく、ありがたや…。


職場の人たちと話したり、一緒にゴハンを食べるのも同じくです。


人とあんまり話さず、理解し合わず、人と挨拶すら交わさないという生活は、
オキシトシンやセロトニンが少なーーーい生活なのです。

挨拶や一言って、すごく大事なんですね。会話。
「すみません」とかも同じく。
そういう積み重ねが、脳の幸せセンサーにも影響しているのかもしれない。


こないだファミレスのレジを観察していたのですが、
「ごちそうさま」とか一言も発しないまま無言でお会計を済ませる人って、結構いるんだな~と気がつきました。
一人で来ていても、言う人は言う。
大人数で来ていても、言わない人は言わない。



友達とのやりとりも、
電話やメールだけでコミュニケーションを終わらせてしまうのは、もったいないこと。
直接会って顔を見るっていうのは、やはり健全なのですね。


友達の手をつないだりはできないけど、
一緒にゴハン食べるだけでも、ちゃんとスキンシップとして脳にはカウントされている。
友達も自分も健康になる運動というと大袈裟かもしれないけれど、
これからもずーっとおばあちゃんになるまで、こんな感じでみんなと仲良く友達続けたいなー…と、思います。





そしてもうひとつ、
セルフで、
たったひとりぼっちでも、
幸せホルモン・オキシトシンを分泌させる手段があります。


それは、



ぬいぐるみや動植物をさわること!


ぬ、ぬいぐるみ…!(思いあたる節がある)



うーん、花を愛でたり、ぬいぐるみとスキンシップをしたり、
女性が長生きする理由が、垣間見えますねぇ。

花を見たら、撫でよ!
ぬいぐるみは、抱きしめよ!






忘れないでほしいのですが、

大好きなものに皮膚がふれるとき、わたしたちの脳は幸せホルモンを分泌しているのです。

そしてそれは、わたしたちの健康を、元気を、幸せを、作ってくれる。


ここまで元気に成長して生きてこられたのも、そんなふうに愛すべきものたちに支えられてきたおかげ。

あなたが触れて幸せだと思うもの、癒されるもの、
これからもたいせつにしてくださいね。


子供っぽいから手放さなきゃダメかな~と思っていたミニチュアやぬいぐるみ、
わたしはこれからもたいせつにしていこうと思います。

乙女心、少年心で。
触り心地のよい、ふわっふわなモノに、癒されながら生きているのだ。
ぬいぐるみにも感謝しちゃおう。



そして一緒に過ごしてくれる周りの人たちひとりひとりに、改めて感謝です。


このブログやyoutubeをいつも見ていてくれる人にも、
遠隔ですが数でしっかり心が伝わっていますので、わたしにオキシトシンを与えてくれていることは確実です。感謝です。

みなさん、オキシトシンの件、ありがとうございます。

これからもどうぞ、よろしくお願いいたします。

新宿でデロリアンを目撃してしまいました!!

突如として、新宿の街が、ざわめきに包まれた。
そして叫ばれた、デロリアンの名前。


デロリアンとは、映画バックトゥザフューチャーに出てくる、あの伝説的なタイムマシン。

そんな凄いものが、ふっと、街中に現れたのです!

ジャミロクワイさんの伝説的な「ゲリラ路上ライブライブin新宿」と同じくらいいやもっと規模は大きかったかもしれない。




ゆっくりと走るその車体は、

まるで未来からタイムスリップしてきたかのようでした。



うっかり、映画とはまったく別の未来となってしまった2015年に、来てしまったデロリアン。
まったくあの二人、ドクとマーティは、一体何をどうしでかして、
車が空を飛ぶはずの2015年を、
こんな地味な2015年に変えてしまったのでしょう?
なにか時空が歪むおそろしい間違いを起こしてしまったのでは?


このタイムマシンは、間違った世界に、
しかも日本は新宿に、不時着してしまい、さまよっているかのような
低速走行で新宿の道路を進んでいました。




ドクとマーティの姿は見当たらず、
かわりに謎の東洋人2人組が、デロリアンを乗っ取っておりました。

1人はドクの白衣を着ており、
1人はレーサーらしき格好をして、デロリアンを運転しておりました。



一体、ドクとマーティはどこへ消えてしまったのか?
まさかこのデロリアン、謎の東洋人組織に、奪われた?

果たして、ドクとマーティは、
このタイムマシンを取り返せるのか?

未来へ戻ることができるのか?
Back to the future!



トラックで搬送される車体。




他にもいろんなシーンを、たくさん写真や動画におさめてまいりました。
また載せまーす!!!!

あのエンジン音、生で聴いて、本当にシビれました。
機械がウィーンガチャンとする音につくづく弱いので、搬送作業を見守るのも、たまらなかったです。

まったく知らずに偶然通りかかったのですが、ほんとよかった!

載せたい写真、動画、書きたいことがまだまだいっぱいなので、また!

#bttf

名曲「ぞうさん」の切なさから、教育や親子問題にまで話が広がってしまった。

おもちゃのピアノで、名曲ぞうさんを弾く。
なんでこの曲がこんなに知名度を確立したのか、名曲なのか、わかりましたよ。



これ以上ないほどシンプルで、コンパクトで、
だれもが安心して聴ける。

ぞうさん。

意外と、メランコリック!



ぞーうさん、ぞーうさん、
ファーレド、ファーレド、


と安定した穏やかな様子が4小節続いたのあと、

そーうよ、


「かあさんも」、
レドラーファ、

の部分が、なんとも切ないのです。

たった8小節、
ダンスで言えばフォーエイト。
短い曲です。


みなさんご存知の歌詞ですが、
2番はこんなにもコンパクトにまとめたのに、じーんと来る、せつなさ。



作詞は、まどみちおさん。


親子愛という、一見なんとも穏やかそうなテーマですが。

でも実は、この「お母さん」、
産むまでにもたくさんのドラマがあり、
産んだあとにもたくさんのドラマがあり。
産む瞬間には、目玉が飛び出るような激しい痛みを体験してらっしゃる。

母の人生というのは、たいがい思っているよりも壮絶なもの。
感情面でも環境面でも、激しくアップダウンあり。
病気の心配したり、お金の心配したり、旦那の心配したり、親の心配したり。
そしてそれを一切表に出さず、子供に悟られまいとしたり。
お母さんは、とっても大変。




そんな中、
「ぞうさん ぞうさん だれがすきなの?
あのね かあさんが 好きなのよ」。

そんな歌を、子供がかわいい声で歌ってくれたら。
お母さんとしても、ちょっと報われるようなところがあるのではないでしょうか。


子供だけでなく、お母さんの心まで癒す。そしてそばにいる人たちを癒す。

名曲です。




これも、わたしが好きな、脳の実験の話なのですが。

誰が好きとか、感謝しようとか、ポジティブなことを聞いていると、
人って楽観的で明るい性格になるそうです。
脳に知らずにインプットされ、アウトプットされている。

逆に、人の悪口や、悪い面ばかりをGoogle検索していると、
そのうちに性格は暗く、悪くなる。
気をつけましょう。

脳に入れる情報によって、メンタルは左右されるという話です。




だから子供が歌ったり聴いたりする歌は、
聴いていて性格が良くなるものであるべきなんですよね。

無垢な子供の心に、知らない間に性格悪くなる考え方をすりこむのは、ものすごい大きな罪だと、わたしは思っています。


ぞうさんの歌詞。
知らず知らずに、「お母さんには感謝するものなんだよ」と、脳に残してあげる。
三つ子の魂百まで。

親には感謝しよう。そんなあたりまえのことを、教えてもらえない人も、中にはいるわけです。

若者が気付いていないだけなら、まだよいのですが。
大人になってからも、親の悪口を言ってしまう人もいる。
それも、悪びれずに。

きっと事情があるんだろうし、
そんな気持ちも、もちろんわかるのですが。

だけど言ったら後悔することを言ってしまう前に、
ぞうさんヘビメタバージョンとか脳内で作ってみるのはどうかな。



今日は本屋さんで、母親の悪口ばかりを書いた本を見つけてしまいました。
タイトルを見ただけで、わたしはすごーく悲しい気持ちになって、なぜか自分が罪悪感でいっぱいになりました。

きっといろーーんな辛いことや事情があったのは十分わかるし、批判はできないけど。
その感情を本にしてまとめて言語化して、お金で一冊でも多く売ろうという行動に出て、
そしてまた親に感謝できない人がお金を払って、その情報を脳に読み込ませていることに、とっても悲しい気持ちになりました。

お母さんの悪口を言うことを正当化するのも、そうしないと生きていけない人がいるのはわかるけれども。

その作品にお金を払うということはその行為をサポートすることですので、ちょっとわたしには、そんな酷なことはできないです。
親にひどいことたくさんされたなら、気持ちは分からなくないけれど。。


「これは良いことではないんだ」という、本来かかるべきブレーキが壊れている自体が、怖かったです。

被害者意識というのは恐ろしいもので、
親に文句がある→「誰も教えてくれなかった!」という嘆きが発生します。
その気持ち、よくわかります。
若いときはそんなスパイラルに陥った経験もあるし。



ただ、

人が教えてくれないことというのは、音楽が必ず教えてくれているのです。




だから、「誰も教えてくれなかった!」なんて泣いたり、自暴自棄にならなくても、もう大丈夫。
Googleに聞かなくても大丈夫。
私が教えてあげましょう、なんて寄ってくる変な人に近づいていかなくても大丈夫。

音楽番組で、ラジオでライブで、CD屋さんで、カラオケで。
ためになる音楽つくってる人は、五万といるのです。
音楽って娯楽だけじゃない。
たいせつなことは、みんな音楽から学べる。


だからさ、親がきらいなんて悲しいこと言わないで、ゆるしてあげてほしいな。
親も若くて不完全、親になるのに免許や資格や研修があるでもなし。


「こんなことされたから親が許せない」という被害者意識があるうちは、
その言葉や、大嫌いという言葉をぶつけることが
親を傷つけているということにも気づかなかったり、どうでもいい、無関心だということ。
自分も無意識のうちに加害者になってしまう。
向こうにやられたことをやり返しているだけ、なんて言うかもしれないけれど、
その攻撃の応酬を止める権利は自分にあります。
そういう意味で自分主体で生きてみたとき、後悔しない道を歩んでてほしいな。


もしも親を悪く言うような本が本棚にあったら、
わたしだったらもう後ろめたくて後ろめたくて恥ずかしくて耐えられなくて、すぐに捨てると思います。
誰にも見られないように捨てますよ。それくらい恥ずかしいことだもの。
でもしれっと本棚に並んでるんだから、この世界、怖いなぁ~って思った。





わたしは子供の頃から教育というジャンルにやたら興味のある子供でした。
「ためになる・性格が良くなる・悪影響にならない」
せっかく音楽の神様のパワーを使わせていただけるなら、
そんな明るい未来を作れる曲が書けるようになりたいな、と思っています。

「明るい未来を作る」ってその漠然としたものは何?と思う方もいるかもしれませんが、
わたしとしては子供たちに、
近い将来、大人になる人たちの脳の片隅に、
ポジティブでラブなメッセージを残してあげること。
そのツールとして音楽を使うこと。
それも神様からいただいた、天国から降ってきた音楽を使うこと。




そして子供が健やかに育つためには、
まずお母さんの苦労をちょっとでも負担してあげること、
母親の余裕を作ってあげられたらと思います。

だからライブとかも、
あと良い音楽作るのも、
気晴らしや息抜きが必要な人たちのためになるように、
そんな手伝いができるレベルのモノを、作れるようになりたい。
人の役に立ちたい。

現実逃避が必要な人に、夢を与える。
それが音楽なのでしょう。
誰を癒したい、こんな人を癒したい、
そんなふうにリアルにリアルに、聞いてくれる人を想定して、ちょっとでも癒していけたらいいなぁと思います。

今回のTobacco Babyはタバコやめようとしている人の応援歌だけど、
いろーーーーんなタイプの、応援したい人、いーーっぱい、いるんだなぁ。。







昔よりも家族は減り、おせっかいな人は減り、
今のお母さんって大変そう…。

駅や電車で、子供がオレサマベビーになっていて、子供に連れられているようなお母さんも目撃したりしますが。
お母さんも、怒ることができないんだろう。
それも責められません。
そのお母さんに対して何もしてあげられない人には、責める権利なんてありません。
ぜんぶがお母さんの仕事になってるんだから、大変だ。

街中で知らない親子がいて、子供が暴れてる横で、わたしは何にもしてあげられなかったけど
「お母さん大変そうですねー」とか
「ママ重たい荷物いっぱい持ってるんだから、困らせちゃかわいそうだよー」なんて言ったら、
お母さんが涙ぐんじゃったこともありました。
育児ノイローゼなのかな。。

たぶんそういうお母さんをねぎらう一言を、「ぞうさん」の歌詞は担ってるんだと思うの。
思ったよりも、そういう一言には意味があるんだろうな。きっと。






だから、例えばベビーカーちょっと運ぶ手伝いにしても、
エレベーターのボタン押してあげとくだけにしても、
何かしら助けてあげたいと思う。

そんな気持ちも、おせっかいとか、うざいって言われるご時世ですが。
「あたりまえのこと」じゃなかったのかな~…って、最近かなしくなります。

スマホ見てて気づかないとか、

無視ですからね、それ。。罪深いよ。でも罪悪感すらないんだろうな。


そんなことしてたら、いつか自分も無視されちゃうよ。
自分も知らないうちにやってるかもしれないと思うと、怖いよ~!

こんな世界で子育てをすることになると思うと、
そんな文化はカケラでも残しておかないと、
やってられないです。




名曲ぞうさんから、現代社会・殺伐とした東京での子育ての話にまでなってしまった。

「そうよ、かあさんも」
ドードラ、レドラファ、

この部分が、涙あふれそうなほど切ないのは、
母の愛がたっぷりと、胸が擦り切れそうなほどに、詰まっているからです。

音楽と、鳥肌の関係。脳みその話。

お茶を飲みながらテレビをつけてみたら、放送大学で面白いものをやっていました。
「音楽・情報・脳 第3回」という授業。



音楽やノイズを聴いたときの脳波を実験するときに、
こんなことやあんなことに気をつけましょうという、
実験をする側の人たちへ向けた、レッスンでした。

「実験者」の脳にあれこれ電極をつけて調べたりしていて、なんだかアングラな雰囲気でした。

先生も何気に、タートルネックに黒の革ジャンをしれっと着て、マジメ~~に、
何らかの実験としてわざとやってるのかと思うほど抑揚のない口調でお話しされているあたりも気になったのですが。



音楽を聴いてるときの人間の脳を実験したいとき、どんなことに気をつけたほうがいいか?というテーマでした。


脳の報酬系の活性化を妨げないように、
つまり、普段とちがう緊張した感じにならないように、
実験台がリラックスした状態でいられるようにしてあげましょう、というお話しでした。

いかにもな実験部屋で脳に電極つけられたって、実験される側は緊張しちゃって、
普段とは違う結果しか得られないので、そんな実験結果は役に立たない。
なのでリラックスして実験を受けてもらえるように、
電極をつけなくてもヘッドホンをつければいいような形にしてあげましょう、なんてところから始まりました。



音楽についての脳の反応というものは、
とても主観に左右されるものになる。
だから、実験体の主観をフラットなものにしておきましょう。

そのためには、快適な部屋で、快適に過ごせるようにしてあげましょう。

快適なオーディオルームのような感じで、
左右対称にきれいにスピーカーを置き、
観葉植物なども置き、
大きな窓から外を見渡して開放感も味わえるようにしてあげましょう。

あれ、意外とビジュアル面の話が続くのね?




つまり音楽をどう感じるかって、そんなふうに聴く環境に左右されちゃうものなのですね。
空気やビジュアルに、かなり左右されるのです。





むかーし友達が、「感動したときって鳥肌が立つよねぇ」ということを、しげしげと言ってきたことがありました。

そう言われてみれば、たしかに。

例えば映画や音楽を鑑賞していて、
感動して泣いたとき、たしかに鳥肌は立っているの。

うーん、鳥肌が立つ・立たないっていうのは、一個の感動メーターなのかもねぇ、
と改めて思わされて。
そんなの、今まで考えたことなかった。

たぶん、友達がまじまじとそんなところにクローズアップした発言をしなければ、そんなことってあえて着目しなかったと思うのですが。

当然のように我々がやっている生理的な反応。
スルーせずに指摘してくる、その分析力にも感心させられ、やたらと印象に残る一言だったのでした。




今日は正に、その何気ない友達のつぶやきに「そうなんですよ!」と言っているような授業でした。



身震いするほど良い音楽。

自分にとって身震いするほど良い音楽でも、
他の人にとっては全然そうでないこともある。
逆もしかり。
主観的ですねー、という話でした。



と・は・い・え、

万人ウケというと言葉が軽すぎますが。


ものすごく例外的なのですが、
誰に見ても間違いなく身震いしちゃうクオリティのモノって、世の中には一握りだけですが、あるものです。

たとえば東京ドームでライブがあれば、
そこにいる5万人が、同時にゾクッと鳥肌を立てている瞬間が、あるんです。

そしてそれがテレビに写ったとき、
ファンにとっては鳥肌モノでも、
ファンでない人には鳥肌が立たないのが普通。
しかしファンでない人ですら鳥肌が立ってしまう、そんな良質なモノが、この世に一握り、あると思うのです。

そういうモノは、確かにこの世には存在するわけです。

そしてそれは、ものすごくレアな、レアな、レアな、一握りだけ。
頂点の頂点だけ。


それって物凄く恐ろしい力、主観を操るような、自然を超越した得体の知れないものなんだなぁ、
と、

ゾワゾワーっと、ちょっと怖くなってしまいました。

脳みそだけでなく肌まで動かされているわけですから、
人は「神」「神がかってた」なんて言うのでしょう。





例えばライブや芝居で、
みんなが同時に身震いしてしまうことがあるなら、

それはそこにいる人みんなの脳が同じように反応して、
脳のなかに同じような電気がビビビーッと走り、

全員の肌に鳥肌が立っているということです。

凄まじいものがありますね。



脳の話は、広げれば広げるほど、小さなシワの奥へ奥へと縮んでいく。
なんだか気持ち悪いけれど、凄まじいです。
うえー。

こういう話、好きだなぁ。

音楽とインコ。スマホタッチでレッツDJ!

うちのセキセイインコは、ケータイが好き。
子供達や赤ちゃんがケータイ好きなのと同じです。

セキセイインコの知能が何才児くらいだって、肝心の細かい数字は忘れましたが。
鳥って、人間の子供ぐらいの知能があって。

要するに、鳥も子供も、かなり賢い。
バカにしてると痛い目に遭うってことです。
気をつけてくださいね~。




▲贅沢にもシンセのカタログを寝床に敷いた、うちのコザクラインコたち。▲


彼ら目線から描くと、スマホとは。
幼いころから、かわいいなぁ~と親が満面の笑みで言った瞬間、カシャッと音をたてる機械。
親からの愛情表現ツールのひとつであるケータイ。
そこに子供が愛着を示すのも、自然なこと。

光るし、音が出るし、魅力的なツールですよね。




鳥というのは、音が好きで。
音がすべて。音に敏感な生き物です。

人間を区別するのも、声で区別しているなんて話もある。
たくさん家族がいる中で、
この声はお母さん、この声はお父さん、と区別しているんですね。
顔じゃなくて、声でわかるんです。

たとえば、リビングに真っ白い仮面をかぶって現れるとしましょう。
ネコはギョッとして、近づいてこないのですが(視覚的情報が違うから、別人だと思う)。
インコは何のリアクションもなく、いつもどおり寄ってくる(声でいつもと同じ人間だとわかるので、視覚的情報に惑わされない)。




たとえば、わたしが部屋で何百回と再生している、スティービー・ワンダーさんのRibbon in the sky。
この曲のことは、もう鳥も認知していて、「またこの曲ね」とわかっているわけです。
口ずさむことすら、あります。

そんな日々の中、スティービー・ワンダーさんの違う曲を流したとします。
鳥はその曲を知らなくても、
「あぁ、この声は、いつものあの人ね」と、声で判別しているので、ノリが良いわけです。
これ、冗談みたいだけど本当の話で、鳥にもお気に入りのアーティストって、あるんですよ。

激しい曲ほど、鳥が興奮して、トサカを立ててヘドバンするということも、
youtubeなどで見るとわかります。

鳥は興奮するとヘドバンをします。性的アピールです。人間が腰を動かすのと同じくです。
動物の話って、マジメに話していても結局は発情の話になってしまうので、気まずいですよね。
つくづく家族向けの話題ではありません。
話を戻して。



鳥は、歌うこともできます。
ちゃんとサビをサビの歌詞どおりに、日本語や英語で歌うこともできます。

人間と同じ言語でしゃべることすらできる生き物ですからね。
飼い主の口癖を、いつのまにか覚えたりします。

わたしが鳥カゴの前を通りすぎるたびに「ちょっと待ってねー」と言いすぎたので、
うちの子はいつも「チョットマッテネー」と言っています。
たぶんHow are you的な挨拶だと思ってます。

人間と同じく、しゃべるのが好きな子と嫌いな子がいます。
人間とは逆に、女子よりも男子のほうがよくしゃべったりもします。



鳥に歌を教えても、歌いたい曲と、べつにいいやって曲があるんだと思います。
「CMやドラマで毎週聴いているうちに好きになっちゃった~」というようにひたすらリピートすることもあれば、
しばらく聴かないうちに、きれいさっぱり忘れていたりします。

鳥は、英語と日本語のちがいもわかっているようで、
英語の歌だと物珍しげに寄ってきたりもします。

鳥に歌を教える時は、
鳥の羽根に口をべったりつけて振動を感じてもらいながら教え込むのですが。
言語がちがうと、息の出方とかが、やっぱり違うんでしょうね。

鳥についてはまだまだ話し足りないですが、本題へ。







最近、「セキセイインコがスマホを操作してしまう問題」が家庭内に勃発している。

鳥が、アプリを消しました。
きゃー、そんな複雑な操作ができるなんて!

画面上で鳥が踊るうちに、うまく足をツイストさせて、
「どのアプリを削除します?」という、メニュー上のアプリがみんなウネウネするあの画面になり、
足なのかクチバシなのか、バッテン押して、アプリを削除したらしいです。



子供もよくやるって言いますが、
気がついたらメールを送っていたり、だいじなものを削除してしまう。
おそろしい子!


こないだも、幼児が誤って謎のひらがなの羅列をSNSに投稿し、
コメントがつくまで親がそれに気づかなかったという、
ちょっと微笑ましいプチ事件を、SNS上で目撃しましたが。

たとえばこれがパパのスマホだったら、
予測変換履歴によっては、
大変な事件に発展する可能性もありますよね。
いろんな意味で、目が離せませんわ。





アプリ削除やら誤送信なら、
やった本人は何をしでかしたか、一切わからず、罪はないのですが。
これ、iTunesだったら、どうでしょう。




想像してみてください。
鳥にとって巨大な世界である、スマホ画面。
我々にとって、映画スクリーンみたいなものでしょうか。
これを操作できるということは、たまらなく快感なのだと思います。
つっついたら、画面が変わるなんて。
つっついたら、この世界に流れる音楽が変わるなんて。oh yeah!


鳥的には、音楽って人の操作で流れてるの?何で流れているの?自分がボタン押せば流れるものなの?
と不思議になると思うんですよね。

実はわたし、何を隠そう、子供のころ、
ラジカセでCD流すと、アーティストが自分の家のウラに来て歌ってくれてるんだと勘違いしてました。
家のウラ、カベのむこうに、山口百恵さんとか来てくれていると思ってましたからね。
そんなわけあるかって思うかもしれませんが、ライブってのは人を感動させるわけで、それはもう毎回毎回CD流すたびにわざわざ来てくださったことをありがたがって、感動させられていました。

思春期ですら、あまりに良い曲だと、
ときどきすぐそこまで来て歌ってもらってるような気がしたり、ワケわからないときがありましたから。

家に来るなんて、そんなわけあるかって思いますよね。
でも、作る側になると、あなたの家に、あなたのとなりに行って歌うよ!届いて!という勢いで魂を飛ばす作業なわけで、
あれはあれで正しい聴き方というか、魂がちゃんと伝わってきていたのだなと、今になって改めて思わされました。

家のウラにバンドが来て、自分だけのために演奏してくれているんだと思っていたあのころ。
今は自分がそんな感じで、どこの家でも、世界の裏でも、行きたいなぁ、その時間はその人だけのために歌いたいなぁと、思うものです。


若いって、幼いって、空想と現実が区別できていないことでもある。
幼稚園児なんて、話してみるとこの子は妖精なのかと思うほど、ふしぎな空想の世界のなかで生きているものです。

心が若いほど、熱烈に音楽の世界にのめりこむことができる。
そしてその子供心をいかにキープできるかというのも、人生の課題になる。

マツコロイドをお作りになったあのクールなロボット工学者・石黒浩さんも、
意外といまだにカメハメハを打てるかもと思ってる節があると、この前テレビでお話ししていました。
それが夢であり、想像力・創造力につながるのです。





鳥の話に戻します。


鳥って、脳は小さいのに、おそろしいほど賢いです。
インコのハイレベルな遊び方や、人間をおちょくる悪戯心、創作意欲。

異性にアピールするにしても、
歌、ダンス、奇声、走り、クジャクに代表される小林幸子さん的な衣装チェンジ系。
さまざまな方法を見せてくれるのが、鳥という生き物。
レベル高いです。

パフォーマンスをできるエンターテイナー肌。
想像力も創造力も持っている、
音楽的な生き物なのです。






で、ここが、ここが本題なのですが!


iTunesの画面を触らせるっていうのは、かなり刺激的だと思うのです。


うちの子が、DJ的な音楽操作にめざめるとき。
「あたし、アーティストになる」とか言いだしかねない。

鳥にピアノアプリや、GarageBandアプリを操作させることは、かなり面白そうです。


ただ、スマホ本体が、くちばしでガリガリにされるリスクがあります。


そして鳥は、音楽大好きといえども、
音楽を与えすぎるとテンションが上がってキャーッとなりすぎて、あまりよろしくないというのもしかり。
つまり、発情させすぎはよろしくないという、うーん、この結論、結構深いですね。
子供も同じく。あれ、大人も同じく?
突っ込んだところまで話題がいってしまいましたが、

音楽を操作する楽しさ。
生きているうちに、味わうべきものだと思います。

あ、わたし最近おもちゃのピアノ持ち歩いて生活してますので、さわりたい人は言ってくださいね~。
これも、いろんな人にさわって遊んでほしいなーと思う日々なのでした。楽しいから。


ああ、鳥とコラボできる日、いつか来るかな~。
一緒に作曲できるくらい、アウトプットができるくらい、うちの鳥にはもうたっぷりの音楽がインプットされていると思います。

▼この子とのコラボ、近いうちに企て試みますので、お楽しみに!▼


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