「聞きたいなー」と思った、懐かしい曲、
MDでしか持っていないことに気づいた。
youtubeで探しても見つからなかった。
そんなこともあるんだなーと思いながら、

MDコンポの電源を入れ、
そうしたらコンセントが絡まっていたりなんだで、ガタガタものを崩して。
何しろ10ヶ月ぶりにエンジョイする家ですから。

そして「久々にMDラックをあさって宝物探し感覚を味わおう」と胸を躍らせながらひきだし開けたら、
一番目につくところに、そのMDはありました。

再生したら、スピーカーの位置がしっくりこなくて、あれこれ動かして。
10ヶ月いない間にお母さんが掃除してくれたりしてたおかげです。ありがとうございます。
最近こういうの感謝が絶えない。

最近、日本の家でモノの位置を変えるとき、色んなものを倒したり壊したりしそうで、怖い。
距離感、タイト感、サイズ感、繊細さに、慣れない。





「もうしばらく働くのはお休みでーす」と両手両足投げだして、
もう10日ほどPCを開かなかった。
目肩首コリきついし、何より頭爆発しちゃうなーと思った。
無休で頑張ってたから、PCも休ませなきゃ死んじゃうなと思った。

自分の持っているMacは、
「きみでも音楽を作れるよ」
「きみでも写真や映像を綺麗に整理できるよ」
「きみでも活字を動かして映像にテロップつけられるよ」
そんなふうに世界を広げていってくれた、
宝物であり、恩人であり、親友の一人なのです。

5年は使ってるけど、だれにも古いとは言わせたくないし、
例えばこの子の動きが遅いとか、文句を他人に言われようもんなら、
楽器や愛車、しいては友達をけなされたような気分になるのです。


最後にPCを開いたのは、アメリカにいたときだった。
帰国後はじめて、今立ち上げた。
「休み、楽しんだ〜? 大変だったけど、無事帰ってこれたね〜」と、
苦難を一緒に乗り越えた戦友に話しかける気分ですよ。

そのMacの画面に驚愕。絶句。

なんか、知ってるデスクトップじゃない。
一瞬壊れたのかと思って、肝が冷えた。
でも、そうだ、大丈夫。壊れてない。

そして思い出す、地獄の日々。



2016年11月頭らへん、帰国前、
人生最大の山場かと思われるほどの、色んな地獄を通過した際、
PCの容量が残りなんとわずか200MBの過労死寸前まで陥った。

「うちの子もうヤバイから」と言ってもみんなが前のめりで全員挙手しながら働かせにかかってくるので
「PCの容量やばいのに働かせるってことは、わたしの友達殺すってことですよ?」と
半ばキレながら「無理です」を連発していたわけです。


でも動いてもらわなきゃいけないし、
なんと大きなファイルを書き出ししている最中に、
PCの容量残りあと500MB...あと400MB....あと300MB...
と、PCもPCで、爆弾岩みたいにキレはじめてしまった。

大親友で仲良しのMacにまで初めてケンカを売られる関係になったのか...と泣きそうになりながら、
せっつかれるように「どうすれば容量減らせるの...!?」と頭をめぐらせ、

色んな画像をHDDに逃したり、
なんかもう逃す間も逃した場所を把握する間もなく、
削除していった。

そうしたらそれまで長年デスクトップにひろがっていた、
大好きなピンク色の空が消えてしまった。

その画像をPC本体から削除してしまったから当然なんだけど、
「創作と自由の象徴」みたいに広がっていたピンク色の空が消え、
どこのだか知らない冷たそうな岩山が、ドドーンとそびえたっていた。
その山の断面がシャープでシャープで、
心までスパッと切り取られた気分だった。

わたしのMacが、自由なクリエイティビティを追求する夢のツールから、
つまんねえビジネスツールに成り下がったみたいで、現実を見せられた。
うちの子は、金儲けのアイテムじゃないんです。夢を生む工場なんです。



わたしはいいけど。わたしはいいけど。この子を追い詰めるのはやめて。。
うちのPCは熱を上げ、ファンファン言いながら、頑張っている...。
これもう死ぬ...。この子死んだら誰が責任とってくれるのよ...。自分が守ってあげるしかない。




画像削除して、一瞬軽くなってホッとしたのも束の間。
まだまだ止まらない、地獄へのカウントダウン。
空容量、あと600MB....500MB...400MB...
これ一杯になったらどうなるの?
作業全部中断したり、最悪バグったら、これ、〆切どころじゃなく、大変なことになるかも...。 

異国でPC壊れたら、どうしよう。
あと数週間で、日本に帰るんだし。。




絶望漂う中、背中を遅いかかるようなプレッシャー。
「PCこれもう無理、一回休ませなきゃ無理。作業できない」「ごめんそんな時間ない」

まったくPCよくわかってないやつは、この恐ろしさも処理の大変さも知らないから!とキレそうになりながらも、顔で笑って、いや顔も笑っていたか自信ない。
「高熱38度+食中毒のときもなぜか謎の笑顔でいられる女」だったわたしが、笑ってないとはオオゴトだ。気づいたら周りのムードも、ヘビーにダークになっていた。

このPCを過労で殺されたらキレるな、と思いながら働いてました。
 



PCに負担かけられないので、スマホでググる。
新しく入れたソフトのバックアップが本体に保存されてしまっていることを突き止め、
その保存場所を変更して、一気に
「空容量20GB」まで近づけたとき。

「よっしゃあああ!!!」と一人青空にガッツポーズしたし、
見上げたらラスベガスのヤシの木が揺れていて、あ、地獄から天国...って思った。

そのときに「やっとミズキちゃん明るくなったー」の雰囲気になってグイッといい風が吹いたので、
今まで理解不能だった「アゲー」とか言っている子たちって、いい風たくさん吹かせてるんだなぁと思いました。
だけど「おまえらにはわたしとうちのMacちゃんがチームでどんな修羅場くぐったか、想像もつかないと思うけどな!!!!」と、笑顔でポケットの中で中指を立てたい気持ちでした。 

「これでもう爆弾岩の地獄のカウントダウンから解放される…」助かった…」という脱力感と。
「空き容量20GBも確保できたなら、新しいファイルを作って新しいことができる…!!」と、じわじわ希望の光が見えてきました。
デスクトップの新しい壁紙の岩山に、光すべて遮られた気分ですが、太陽のぼってきた、という感じでした。


ちなみに「よっしゃー!」という日本語は、外国の方にはすごい派手で恐ろしいスラングに聞こえるみたいなので、使うときには気をつけましょう。



このPCとは一心同体、ずっと大切にしてあげたいです。




そんなわけでこのPC、今までの壁紙に戻してあげたい。
というか戻さないと、わたしのメンタルもいちいち、あのときの地獄に引き戻されてガタ落ちる。

どこに逃したっけ、あの画像...。
あのときのことは、うまく思い出せない...。
記憶が削除しようとしている...。
PCとともに、わたしの脳も、処理能力の限界まで達していたと思う。



わたしは合計5-6コもHDD持ち歩き、そこにPCと一眼とビデオカムを背負って旅をしてきたので、
空港で歩いてるときの肩のめりこみ方も、人知れずハンパない。
衝撃を当てないようにカートにPCリュックものせない派なので、肩が死んでます。
そして誰もこんなやせっぽっちがそんな重量に耐えているとは思いもよらないので、心配とかしません。
若いからって無理してたら、本当に肩も死ぬんだろうなぁ。。 


一度ニューヨーカーが「僕は写真家!カバンの中こんなに重たいけど、君と歩いてデートがしたい!」と言ってリュックの中を見せてくれたことがあったんですが、
「その程度の激軽そうな荷物で弱音をあげるでない」が本音でした。
「こんな体格がいい人より重たいもの背負って長時間平気な顔して歩いてるとか、わたし普段強がりすぎている…」と気づかされ、絶望感しかなかったです。





それらのHDDの整理もだんだん地獄の修羅場くぐる中でめちゃくちゃになってきちゃったので、
もはや手がつけられない...。

そして時間を与えられず、わたしたちはまた動きはじめてしまう。


久々に顔を合わせたわたしとMacはやっぱり仲良しで、
「あれやっちゃう?」「これやりたいね」

明日は早く起きたいねーと思っていたのに、
また、ふくらむ夢や理想を実現させる色んなソフトを開いてしまう。

That's my baby, Macintosh. 
うちのMacが、懐も広く、ピンチにも耐えられる、頼れるイケメンだということが同じ修羅場をくぐってわかり、また5年目のフォーリンラブ、なのでした。

That's my baby, Macintosh.   
わたしには、Macしか見えない♡


ちなみにアメリカで、自分くらいパソコンを丁重に扱う人は、見たことないです。





#むじかみ旅ラスベガス編